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営業の東谷和秀です

名前 東谷和秀(ひがしたに かずひで)
業務内容 営業企画などなど
趣味 写真を撮ること
上手くないけどピアノを弾くこと
特技 面白くない駄洒落をみつけること
今一番
興味のあること
子供と一緒に見てる仮面ライダーや戦隊もの

営業部で企画、広告・チラシ等作成、ホームページ作成、時々プランニングなどなど色んな事をしています東谷和秀です。私のブログはこちら

私自身、仕事や家庭で悩みごとも少なくなく、そのたびにへこみそうになりますが、その悩みを楽しみに変えて、今しかない、今しかできないと思いながら日々仕事、家庭と充実した日々を送っている。そんな二児の父親です。

プロフィール

幼少〜学生時代

1969年2月2日、大阪、高槻に生まれる。兄弟は男3人、血液型はB型です。

性格は行動、言葉遣いともに遅い!とよく言われます。
最近、しゃべり方が山口もえに似ていると言われました・・・


性格は優柔不断。良いところは自分ではよくわかりません。
公務員の父と保母の母を持ち、小さい頃は、ドライブ、釣り、山登りに連れて行ってもらいました。また、一ヶ月に一回外食でステーキのスエヒロに家族で食べに行くのが楽しみでした。

金持ちではなかったですけど、貧乏でもなかったのではと?兄弟は(今でも)仲がいいのか悪いのかよくわかりませんが、外から見ると仲がいいらしいです。



高槻生まれの高槻育ちで、幼稚園、小学校、中学校を高槻で過ごしました。
小学校低学年時代にバイオリンを無理やり?習ってましたが、高学年になって自分の意思でピアノを習い始めました。

ピアノの先生の結婚をきっかけに、習うのをやめて、自分の好きな曲を弾き始めました。

当時はオフコースをよく弾いてました。弾き語りです(歌の方は???)
中学時代には文化祭に出演もしました。



また、小学校高学年になってから、剣道を始めました。中学1年の頃、三島地区の大会で個人3位になったことも。


その当時、僕の通っている道場にあるおっちゃんが入道してきました。

それが小林工務店の先代社長だということを後から知りました。
今から思えば、これが小林工務店との初めての出会いだったと思います。

おっちゃんは剣道では僕より後輩ですが、当然僕らより力は強く、練習のときに面をくらうと脳みそが振動してとても痛かった・・・
試合ではもちろん負けたことはありませんよ。

剣道は中学1年の途中でやめてしまい、先代社長とは会わなくなりましたが、その後僕の家は小林工務店に増改築を依頼することになります。不思議なつながりです。


中学卒業後、茨木の高校へ進学。特に勉強もしませんでしたが、音楽の時間にオリジナル曲を作り、学校の投票で一位となり音楽祭に出演しました。
(余談ですが、ミュージシャンの槇原敬之は僕の後輩。一度も会ったこと無し)

何事もない高校生活を過ごし卒業はしたものの、大学受験をしながらも仕事か進学かで悩みました。なんと4年間も!

さんざん悩んだあげく、建築の専門学校へ行くことにしました。動機は単純。
『ログハウスを自分で作りたい』
ただそれだけです。


ですが、これが建築の世界へ入るきっかけとなりました。


無職で結婚〜転々と変わる職場〜現在


専門学校に入ったものの、そのうちログハウスのことをすっかり忘れてしまい、構造、施工、デザインなど色々な事を学びました。

近畿圏の有名建築家の建物を見て回ったりと建築の勉強をしている頃、今度は小林工務店で家を建て替えすることになりました。

その時営業、設計で紹介されたのが、今の上司である佐伯部長でした。その時はとてもよくして頂き、自宅は無事完成。


専門学校卒業後、高槻の設計事務所に就職。
就職後、2年が過ぎようとしてたころあの阪神大震災が起こりました。

その後、設計事務所をやめ、住吉区の中堅ハウスメーカーの設計部に就職。
しかし、すでに結婚が決まっていたにもかかわらず、諸事情で退職。

退職直後にプータロウ状態で結婚。相手の家族に合わせる顔がありません・・・
ほんと、情けなさと恥ずかしさでいっぱいの結婚式でした。


新婚旅行から帰ってきて早速、就職活動開始!なんとか、建築のコンサルタント会社へ就職しました。

大手ハウスメーカーの専用CADのデータベースの作成、見積もりシステム作成などの仕事をし、この時の経験がパソコンを触る上で現在でも役立っています。

「この職が天職かなぁ」と思い始めた頃、不況の波がここにもやってきます


ある日、社員一人ずつ呼び出され、会社を辞めてくれと。リストラです。
とてもショックでしたが、仕方なく退職。


その後就職難でなかなか仕事が見つかりませんでしたが、求人雑誌で「ログハウスの設計」の募集を目にし、「あれっ、そういえば昔、ログハウスを建てたかったような・・・」と思い出し、面接へ。そして就職。

この会社は、ログハウスの卸業をやっていて。材料はカナダやフィンランドから、建築現場に納品。何もかもが新鮮でした。


ログハウスって住宅として建てられる方もいますが、別荘が大半を占めます。
建築場所といえば、でっかい敷地の中に、ぽつんと建てるか、都市計画区域外のところがほとんど。

ですから「現場行ってきまーす!」といえば、北は北海道、南は鹿児島と全国にわたりました。またラッキーなことにカナダやフィンランドへ打ち合わせに行ったりもしました。もちろん仕事なので観光は出来ません・・・英語もしゃべれませんし。


「今度こそ、天職?」と。しかしまたまたうまくいきませんでした。あるクレーム?失敗?から給料を減給され、生活がかなり苦しい状態に。


そんな時、偶然にも僕の親が「小林工務店で設計を募集してるで。一回佐伯さんと話してみたら?」と。

渡りに船、とばかりに佐伯部長に連絡を取り、すぐに面接。

・剣道がきっかけで先代の社長と出会ったこと(そして亡くなられたことも・・・)
・自宅の増築や建て替えをしてもらったこと。
・何より自分が木造の建築が好きなこと。

色々なことを話しました。


そして、小林工務店は自社大工を抱えていることや、構造材を大工さんの手刻みで加工していること、構造躯体を全て自然乾燥させていることに驚きました。
何よりびっくりしたのが、佐伯部長がわが東谷家をかなり知っていたこと。それは僕の知らない親の話まで・・・


で、めでたく就職することに。


前の会社の社長からは「残ってほしい」と引き止められました。私のことをよく知り、2級建築士の免許も支援してもらい、とても感謝していたので、かなり悩みました。

しかし、将来のことを考えたとき、ずっと続けていけるか自信がなかったことがひとつ。木造建築に携わる仕事としてもう一度初めから自分を試してみたい(この歳でか?!)と思ったのがもうひとつ。で、去年の8月末に小林工務店に就職し現在に至ります。


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